やまと言葉がクレオールタミル語であることの論証

古典研究サイト 埋れ木

原と原っぱ、及びまほら、まほろばについて

2009-11-17

「原っぱ」という日本語がある。なぜ「原」を「原っぱ」と言うのかについて、いまだに合理的な解釈はなされていない。しかしタミル語には「原っぱ」がある。

*原(はら)っぱ
●タ parapp-u expanse(広大な広がり), extension(延長), space(空所),surface(地表),area(地域);overspreading(一面の広がり);world(世界);
○日 farapp-a   原(はら)っぱ。

これから、「原っぱ」と促音になっているのは、タミル語が-pp-となっているためだということが分かる。そしてこのことは、原始日本語時代以降、日本語に促音があった事実を示すものである。

*まほろば・まほらま
「原っぱ」は「まほろば」の「ほろば」と同源である。parapp-uは「世界」「地域」という意味もある。「真(ま)」はタミル語mey[truth(真理・真),reality(真実)]に対応する。するので、「まほろば」は「真の世界」ということになる。下記のma[beauty(美)]とすれば、「美しい地域」となる。これが妥当であろう。
もう一度、対応させてみよう。

●タ parapp-u   
○日 foram-a    ホラマ。a/o対応。-pp-/-m-対応。
○日 forab-a    ホラバ。a/o対応。-pp-/-np-/-b-対応。
○日 forob-a    ホロバ。a/o対応。

「原っぱ」と異なり、促音化していないのは、parappuの前に「マ」が前接しているためかもしれないが、この点、そうでない場合でも促音とならない場合もあるので、ある時期で促音が解消されたことも考えられる。

「まほら」について
タミル語には以下の語もある。

●タ  ma   treasure(<集合的に>宝物); field(原野);land(陸地),tract of land(土地の一面の広がり);greatness(広大); strength(強さ); beauty(美);

●タ param-am   1. excellence(卓越); greatness(偉大); 2. eminence(高位);3. divineness(神聖さ), heavenly state(天国のような状態);
●タ param-an   the supreme being (最高位の存在);

以上から、「マホラマ」「マホラバ」「マホロバ」いずれもmay・param-もしくはma・param-に対応する。意味としては「真の天国のような状態」あるいは「美しい天国のような状態」となるが、「まほろば」の使われ方としては、「美しい広がり」を表しているはずである。heavenly stateを「天国のような国」(高天原のような国)と翻訳すれば非常に相応しい解釈となるが、このheavenly stateはdivinenessの別の表現であることをTAMIL LEXICONは示しているから、「国」とするのは無理である。
この場合、広辞苑は「真秀」に、漠然と場所を示す意の「ら」が付いたものとし、「(大和は国の)優れたよい所」とする。しかし、この「漠然と場所を示す『ら』」という解釈は信じがたい。

*原(はら)
すでに述べたように、par-aは「1. to spread(張る), extend(拡張する/広がる); to be diffused as water, air, odour, epidemic, clouds or light(<水・空気・匂い・流行・雲・光などが>一面に満ち渡る)」であるから、これにsuffix of verbal nounsのpuが接辞して「原っぱ」となったものであろう。なお「原」については大野「形成」p361(OK297)を参照]。
また、タミル語にはpar[expanse(広がり)]という名詞があり、このa/o対応形は日本語far-aとなる。こうして「原っぱ」と「原」の二語が今日まで残ったと思われる。
「マホラ」という場合、この「ホラ」というのは上記のタミル語par由来である。


なお、広辞苑は「原っぱ」を「原」のくだけた言い方とするが、これは本来、逆である。

そうだとすると、「マホラ」と「マホラマ・マホラバ」の対は、「ハラ」と「ハラッパ」の対と同様にp-、b-、m-系の唇音が脱落していることが分かる。つまりこの「ホラ・ホロ」は「ハラ(原)」のことである蓋然性が非常に高いことが分かる。
したがって、「マホラ」は「真・原」か「美・原」であり、「国のまほら」という言い方からみて、これは「美しい広がり」であるということが分かる。
「聞こし食(を)す国のまほらぞ/万葉集800」について伊藤 博「萬葉集釈注3」は「『ま』は完全をいう接頭辞、『ら』は接尾語」として「真秀ら」で「優れた国」とする(p45)が、これだと「食す国の優れた国」と国が重なってしまい、意味がとれなくなる。
この歌はしたがって、「お治めになられている国の美しい広がり」ということになる。

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