暫時徒然

古典研究サイト 埋れ木

学業成績の悪かったことの不思議(笑うしかないことなど)

2010-09-14

学生時代、勉強をしなかったことが悔やまれる。高校から大学へはエレベータ入学だから、入学試験などもしたことがない。
というわけで、私は小学校から高校なで、成績はクラスで下から3番前後が常であった。地図が好きで、今でも世界地図は目をつむっても描けるが、そんなものは試験に出ない。

一体、何なんだったのだろうと今でも思う。何で成績があまりにも悪かったのか。
私は子供の時より本好きであった。しかし、この本好きというのは、当時から意識していたが、ビブリオマニア(愛書狂)なのであった。ビブリオマニアは書籍を好むが、読書まで好むものではない。

私の小学生時代、3月になると、毎日のように次の学年の教科書を買いに行くのが何よりの楽しみであった。校門の斜め前にある若宮堂という文具店がその売り場である。

私は毎年、3月になると、今か今かと店頭に新しい教科書が売りに出されるのを待った。そして、教科書が並ぶと、私にとってはまさに至福の時である。教科書の表紙漏れるシンナーのような臭い、バラパラと教科書をめくったときはインクの真新しい臭いが私を幸せにした。

いや、それでも私は、一応、教科書の内容は制覇するつもりはあったのだ。だがいざ新学期が始まると、実に見事に、つまり目前でみるように、やる気が失せていくのが分かった。

教科書に皺が入り、手垢も付く。そればかりではない。教師の言っていることが面白くも何ともなかった(当たり前だ、というのは今でも間違っていると思う。教師の<語り>は面白くなければならない。将棋の駒運びの楽しみ、つまり論理の楽しみを聞き手に知らしめなければならない。

…などと今更言っても仕方ないうえに、あまり説得力もない。というのも、(なぜか)成績のいい仲間もいて、四年生前期までは男女拮抗していたが、それ以降は好成績者は男子が圧倒的であった。阿部君、金安君、舟久保君、村上君などと今でもすらすら出てくるほどだ。私の場合、一年生から六年生までクラス替えはなかった。

ところで、中学以降はなんだか教科書の造りが変わったようで、たいした匂いはしなかった。
それでもインクの匂いは今でも懐かしく思う。これ以降、感心は
教科書ではなく参考書に移った。昼食代を貯めて、たくさん買った
ものだが、読んだ記憶はほとんどない。

大学に入って以降、毎日のように書店に行った。法学部だったが、
造りのいい本は直ちに買った。有斐閣の法律学全集のうち、必要な本は
背が丸くなっているとか、とにかくそういう形のいいものを探して、
あちこちの書店を巡り歩いた。まるで巡礼のようだ。

そうしているうちに、本を開いただけでどこの出版社か当てられるように
なった。岩波書店はほぼ例外がなく造本が良くできている。今でもそうだ。
青林書院の本は背が平らだったり、よれているので、いくら買いたい本でも
手が出なかった。
法律以外でも白水社とか誠心書房の本も、背の丸い本はあまり
見つからなかった。

そうこうしているうちに、用紙代とかが高騰し、益々造本の造りのいい
ものは、少なくなった。なにしろ、有斐閣の法律全集など、高校三年の
ときには450円だったものが、大学一年の時には600円、そして1200円
から3000円以上にもなったものもある。

このように造本がよろしくないのを常に悲観していた私は、今から
10年ほど前、本を造本し直して貰うことを思い立った。元の表紙などを
取り去って、新たな革装の本に仕上げ、しかも天の部分は金箔を付着させる
のである。つまりルリュールとう方法である。

一冊作るのに、かなりの時間と費用がかかる。これを海月(くらげ)の
大平さんに作って貰っていた。彼女はかなりの腕前で、ヨーロッパで賞も
とっている才人である。
しかし、ルリュールしたい本はまだたくさんあって、彼女一人では
追いつけないため、京都の工房にも依頼した。
そして、4年ほど前、書斎が飽和状態になってしまったので、
終止符を打った。

ところで、ルリュールした本というものは、非常に美しく、勿体なくて
なかなか読む気になれないのだ。やむなく、同じ本を読書用として書店から
買う羽目になる。ゆえに書物狂というのであろう。

いまではインターネットで本を買うので、背が綺麗に丸い半弧になって
いるかどうか、到着するまでは分からない。期待通りだったら、
ほっとする日々である。
それにしても、ルリュールした書籍群は、結局、誰とも知らない人が
将来読むことになる。なんと間尺に合わないことか。

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